朝目覚めたら、わたしはまず顔を洗う。
歯を磨いて軽く髪をとかしたら、また自分の部屋に戻って制服に着替える。CDコンポの再生ボタンを押すと流れ出す曲でストレッチをしてから、リビングへ向かう。
お母さんが用意してくれた朝食をすませて、かばんを取り、最強装備にするために部屋へ戻る。
わたしの装備は黒タイツ。
黒いタイツを二枚重ねに履いて、わたしは今日も学校へ行く。
学校にはレミも居るし、仙石くんも居る。最近では堀さんたちも一緒に居るから、すごく楽しい。
みんな連絡するわけでもなく待ち合わせするわけでもなく、自然に集まってわいわいする。
昔からそんな日常をずっと手に入れたくて、手に入らないと思っていたけれど、今では望んでいた日常がわたしのものになった。
だから、欲なんてもうないと思っていた。
昨日までは。
「河野さんも行きますか?」
「えっ」
「フレーム見に」
そう言って微笑んだのはうすむらさき、うすぴんく、色の頭をしたきれいな男の子。
わたしが生きていく上で関わることがないと思っていた男の子とわたしは仲良くなっていた。
彼の隣にわたしがいると、なんだか変な気持ちになる。わたしはみんながうらやましがるくらいのすてきな男の子とコノハの新刊を買いに行った後、眼鏡屋さんに行く予定だったのだけれど柳くんもわたしもコノハが気になって仕方なかったからカフェで読むことになった。カフェといってもわたしがいつもテスト前に勉強するコーヒーが210円ところではなくて、急行が止まる駅にならひとつはあるイメージがある有名どころ、全世界展開のあのカフェに入った。
カスタム?なんてわからないわたしに柳くんは「河野さんは決まりましたか?もし決まってないなら僕のおすすめでいいですか?」なんて聞いてくれて、更に好き嫌いありませんか?なんて焦りながら聞いてくれて、わたしはうれしかった。
抹茶味の中にコーヒーゼリーが入っていて、上にクリームが乗っているいかにもおしゃれな飲み物。
「あ、これおいしい」
「おいしいですか、気に入ってくれたならよかったです」
「ありがとう」
「そんな、お礼なんていいですよ、それよりコノハ読みましょう!」
少し照れた表情をする柳くんはいつもより早口だった。わたしはコノハを読む柳くんに見入ってしまっていて、かみのけの艶やかさとか、まつげの長さとか、つめの形とか、はだの白さとか、いろいろ視覚が、勝手に、とらえてしまって、ひとりでドキドキしてしまっていて。
うわのそらになってしまったわたしを柳くんは眼鏡屋さんに連れて行くことはなかった。遅くなってしまうから帰りましょうだなんて気をつかわせてしまって、わたしが残念そうな顔をしたらまた今度ねってやわらかく笑ってくれた。
昨日、柳くんに特別な感情を抱いた気がする。
「あの子、アサミに似てない?」
たまたま立ち寄った本屋さん。
ああ、なんで今日に限って寄ったのかな、ついてないなあ。わたしはいくつかの視線を感じた。
これはよくあるはなし、日常が簡単に壊されていく小説みたいだ。他人ごとみたいに感じた。
2012*07*14
深海少女 episode1